「人ではないものが乗っているから無人戦闘機」のあれがアニメ化
86(エイティシックス)がアニメ化だとよ。
まあするとは思っていたが、ようやくか。
俺は1巻しか読んでいないが、ぶっちゃけすごいおもしろかったのを憶えていて、そして布教と本棚の整理をかねてその1巻を友人にあげてしまったというのもあって、なんだか複雑な思い。
少し俺と86の馴れ初めを語らせてほしい。
あの運命的な出会いの物語を。
なにしろ初見合いは高校2年生の2月末。
俺は最後の学期末テストに向けて、現実逃避に読書を猛勉強していた。
すると神様は、俺に救いを罰を与えた。
俺はインフルエンザに襲われたのである。
それも、秋頃にしっかりと予防接種をうけていたAにである。
母は怒り狂った。
なぜならそのときは、弟の高校受験の直前期だったのだ。
俺は家族からインフルエンザウイルスそのもののように扱われ、自室に隔離された。
俺は部屋に引きこもることを余儀なくされ(願ってもないのだが)、テストに出向くこともできなくなってひとり、本を読むことにしたのである(健康なときと何も変わらない)。
テストから解放された俺は何物にも縛られることなく、驚異の速度でページをめくり続け、気がつけば積ん読はなくなっていた。
そのころには熱も下がり、家族とは同じ卓を囲むことを許されていたころだったので、気分転換を兼ねて本屋に向かった。
そこで見つけたのが、その日が偶然の発売日であった、86(エイティシックス)なる1冊のライトノベルだった。
俺は何かの縁と思って、あらすじもろくに知らないまま(電撃文庫の本には、裏側にあらすじがないのだが、逆にいえばそれが電撃文庫への読者からの信頼ともとれる)、レジへと1巻を持って行った。
「カバーはおかけしますか」と店員。
「おねが――」
書店員と何千何万回とくりかえしてきたやりとりに、いつも通りの答えを反射的に口にしようとしたが、そこで俺は、教室でラノベを読んでいることをひたむきに隠そうとしている、惨めな自分を認めた。
(注:筆者は高校の文化祭で、オタクグループの応援団長を務め、同学年の中では最も目立っていたオタクといっても過言ではありませんでした)
「結構です」
あのときの書店員はきっと、失礼しました、というビジネススマイルの裏で「ラノベをカバーなしで読むなんて気が違っている。インフルかなんかに脳をやられでもしたのだろう」と思ったに違いない。
そして夜、明日こそ行くことになるであろう高校に備え、俺はその本をカバーなしで鞄に入れた。
俺は部屋の明かりを落とし、ベッドに身を沈めると、過多鬱屈症を引き起こしそうな暗がりの中、ひとり明日の地獄を想った。
ラノベが軽視する社会の冷ややかな視線。
その社会の小モデルである高校の教室。
俺はラノベのためなら、自分をも犠牲にすると誓った男。
そう思って自分を奮い立たせていると、その自分を支えている原動力はなんなのかと考えはじめ、やはりそれは純粋な、ラノベという日本固有の文学ジャンルに対する愛なのだと知った。
「三匹のおっさん」が大ヒットドラマ化し、直木賞候補にも挙がったことがある有川浩。
森見登美彦、辻村深月と並べられ、さまざまなエンタメジャンルの最前線で戦う冲方丁。
2011年以降、東野圭吾をひきずりおろして、3年連続で作者別売り上げ1位を記録した絶対王者、西尾維新。
彼らはラノベ作家。
ラノベに文学を訴え、ラノベ文学賞に見いだされ、現代文学を牽引する作家にまで成り上がった天才たち。
いまや日本の文学が一人称ばかりなのもすべて、ラノベの影響だと知らないのか。
そいつらを侮辱するやつは、読書に人生をささげる俺が許さない。
そんな思いは、とりわけラノベ軽視の自称読書好き人間に対して、俺がずっと思ってきたことだ。
そしてその俺が愛するラノベはこのたび、86なる作品であることを思い出した。
どんな作品なのか。
キャラクター、世界観、文章、文学性からパロディにいたるまで。
考えるにつけて俺は、読みたいという欲求を抑えられなくなってしまった。
10ページ、10ページだけでいいから。
俺は照明のコードをすがるように引くと(作者の部屋の照明はスイッチ式です)、急に明るくなった視界に瞳孔がひるむのをこらえながら、かばんの中からそれを取り出した。
俺はふたたび布団にもぐり、目をこすりながら冒頭を読み始めた。
それから気がつくと、すべてが終わっていた。
決着と終焉を迎えた物語が、俺に新しい斜陽を届けてくれた。
斜陽、斜陽、斜陽………斜陽だと?
俺は時計を見ると、すでに六時を回っていた時計が、たんたんと秒針を揺すっているのを認めた。
がんがんと、頭蓋骨を内側からたたくような頭痛が、俺の不健康で疲れ果てた脳の悲鳴を代弁していた。
「今日は休もう」
それが86。
眠れなくなる物語。
このたび、86がアニメ化だそうです。
1巻はおすすめです。
ほんとにおもしろかったです。
テーマとしても、人種差別、戦争文学、帝国貴族主義など、トルストイとヘミングウェイとアンナ・フランクを足して3で割ったような、濃厚なテーマ物語です。
アニメに幻滅する前に、原作を手に取ることをおすすめします。
追伸:この話は大筋がノンフィクションですが、見解、解釈、世界認識については作者の偏見と妄想が大いに組み込まれています。ご了承ください。