<作品紹介>心配せずとも、いつの時代も美術家はいる「乙嫁語り」
媒体の魅力についてはよく話しているように思う。
媒体の特性とクリエイターの作風は直結しているから。
たとえば小説なら、これは限りなく自由な媒体だけれど、いわゆる文学に忠実なものと、逆にあえて逆らうもの、どちらが好みか。
「どちらも好き」は無しだとすると、いやそうでなくとも、俺はかなりの後者派。
つまりはルールを破ってくるものとかが好き。
例えば、カタカナ文体と体言止めを取り入れて衝撃を与えた翻訳家、黒丸尚。
はたまた単語だけで小説を書き続ける作家、ジュディス・メリル。
最近の作家では、野崎まどとかは間違いなく天才だと思う。
テキストを巧みに扱うんだもの。
しかしこの上のやつは、文学なんかろくに読まない若者からも馬鹿にされたようだ。
どうしてこんなことになるのか。
ひとつ思うのは、俺は本を読みすぎて、普通の代物には飽き飽きしてしまっているのではないか。
そう思うのは、俺は小説以外では、例えば映画や漫画や音楽では、普通の保守的なものを好むからだ。
いかんせん漫画に関しては、結構読んでいるはずなのに、いまだに保守的で、絵がうまくないと許さない、という頑固老年おやじ的なところがある。
進撃の巨人とかハイキューとか魔法使いの嫁とか、アニメは好きでも、絵が下手な奴は本当にダメ。
要するに、俺にはセンスがないのだろう。
感性が疎いというか、絵もうまいわけではないし、そもそも絵が含有する刺激が、俺には強すぎるのだ。
だから俺の漫画選評は万年初心者なんだろうが、そんな俺でも漫画を読みたいと思うことくらいはあって、久しく漫画コーナーを徘徊していたら、試し読みで衝撃を受けてしまった作品があった。
その場で一気に大人買いした。
この興奮をぶつけたいというか、まあ俺もたまには漫画を語りたい。
そういう場が、このブログなのではないかと思うんである。
作品概要
タイトル 乙嫁語り
作者 森薫
出版社 制作:エンターブレイン
発行:株式会社KADOKAWA
掲載誌 Fellows! → ハルタ
レーベル ビームコミックス
→ ハルタコミックス
発表期間 volume1(2008年10月14日)
- 連載中
巻数 既刊12巻
まあ立ち読みで惹かれる理由なんて、9割方は絵じゃないですかね。
それ以外にもいろいろとあるが、特にジャンルというか、時代漫画なのが好きかな。
こういう知らない文化や価値観に出会うというのは、媒体に関係なく求めているものであるから、その点これは魅力的だったと言える。
あらすじによると、舞台は19世紀後半の中央アジア、カスピ海周辺地域。
いわゆる遊牧民族だと思うのだが、まだ3巻までしか読めていないのでなんとも。
画力の問題
画力についてだが、漫画でここまできれいなのはそうそうないだろう。
試し読みで感動したのは下の絵。
見たとおり、めっちゃ細かいなあという感じ。
この人の手にかかれば、おばあちゃんだってこの通り。
めっちゃ生き生きしてるし、見ているこっちまで元気になりそう。
コロナで塞ぎ込んだ心をいやしてくれるとはこういうこと。
近代漫画では定番の照れシーンも。
初見では絵に感動しすぎて、話が全然入ってこない。
大消費社会でも、負けじと絵を追求する漫画家もいるのだと、本当に安心した。
漫画は絵でしょう。面白い話は漫画原作者に考えてもらおうよ。
ストーリーも絵もできるひとなんて、俺は岸本斉史しか知らないし。
「乙嫁」とは
お店のポップに書いてあったのだが、「乙嫁」の本来の意味は、「弟の嫁」「年少の嫁」を意味する古語とのこと。
しかしこの作品の中では、断じて本来の意味ではないらしい。
調べたところ、出版元が次のように書いていたからだ。
“乙嫁”というのは「美しいお嫁さん」という意味。その言葉どおりとっても美しいアミルなのですが、彼女の魅力はそれだけではありません。馬を軽々と乗りこなし、弓を操り、裁縫も料理も得意という、100点満点の娘さんなのです。(「エンターブレイン公式サイト」より引用)
詳しくは下のリンクで直接見てください。
そして上の説明文に登場したアミルというのが、本作の主人公。
アミルは北方の遊牧民のハルガル家の娘で、中央アジアに定住するエイホン家に嫁いでくるのだが、なんとエイホン家の花婿が、アミルの8歳も年下なのだ。
年齢で言えば、アミルが20歳、花婿のカルルクが12歳。
この年の差はすごいものがあるでしょう、と思うのだが、ふたりともちゃんと夫婦やってるから微笑ましい。
とはいえ新郎新婦だし、結婚もこれからだし、要するにそれを見守ろうという、ある種の恋愛漫画でもあるのだが、もしそれだけなら、少女漫画を最も苦手としている俺が楽しめるわけがない。
この結婚はそう簡単ではないのだ。
というのも、実際にこの時期の世界情勢を考えてみよう。
この時期のユーラシアは、ソ連の南下政策によって民族弾圧が始まっていた時期。
ファンタジーでも歴史改編でもないこの漫画でも、それは忠実に起こっている。
アミルのハルガル家が、ソ連に押しやられて危なくなるという展開があるのだ。
アミルの叔父は、アミルを他の遊牧民に嫁がせて協力関係を築こうと、カルルクの元からアミルを連れ戻そうとする。
邪魔が入るわけですな。
それもひどく悩ましい理由で。
だって断れないじゃない。そんなこと言われたら。
少女漫画と違って、理性的、戦略的に悩んでしまうところが好き。
ガンダムも似たようなものだけどね。
ネタバレしすぎると面白くないので、あらすじはこの辺で。